「僕」の振舞いはそれらの「問題」に"NO"を積極的に訴えるものではなく、人々が"NO"と書かれたプラカードを掲げて町を行進していたとしても「僕」はその大きな字で書かれた "NO"に心が動かない。
そんな態度をあるときは「内向」と呼んだり、あるときは「無関心」と呼んだり、あるときは「引きこもり」と名づけることでモードとしての「問題」を時代の中で流通させるために批判され、誰もが"NO"と言う権利と義務を持っているのだというのなら、「僕」はその権利と義務を"I"と"You"の間に"NO"を置いてみたというだけのことだ。
「傘がない」I/Y
「I=僕」と「You=君」のあいだには傘が「No=ない」
そんなことが「問題」なのかと呆れたふりをする前にできることなら冗談として聞いてほしい。
「僕」には「君」に会うための傘が「ない」のだ。
誰にでも与えられた"NO"を訴える権利と義務を「僕」はこのように使ってみただけのことだ。
これが「僕」のほんとうの「問題」だと証明するのは不可能だが。
次は「あなた」のほんとうの「問題」を聞かせてほしい。さあ。